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大本九州別院から、人類愛善新聞の頒布に従事し、九州・山陽・山陰・近畿地方を行脚。精神国防運動、皇道宣揚運動に参加する。昭和神聖運動に参加し、講演、座談に従事し九州を巡る。大本第二次事件で検挙され、昭和11年(1936年)4月18日から7月31日まで105日間投獄される(19歳)。
大本九州別院から、人類愛善新聞の頒布に従事し、九州・山陽・山陰・近畿地方を行脚。精神国防運動、皇道宣揚運動に参加する。昭和神聖運動に参加し、講演、座談に従事し九州を巡る。大本第二次事件で検挙され、昭和11年(1936年)4月18日から7月31日まで105日間投獄される(19歳)。


昭和13年(1938年)3月3日より、昭和20年(1945年)10月17日勅令による大赦令で免訴となるまで、専ら弁護活動に従事する。裁判資料として霊界物語を初めとする大本文献を研鑽し「霊界物語三神系時代別活動表と説明書」(昭和13年)や「大本教義と予審終結決定教義」(昭和14年)を作成した<ref>『新月の光』収録「予審終結決定と大本文献」</ref>。
昭和13年(1938年)3月3日より、昭和20年(1945年)10月17日勅令による大赦令で免訴となるまで、専ら弁護活動に従事する。裁判資料として霊界物語を初めとする大本文献を研鑽し「霊界物語三神系時代別活動表と説明書」(昭和13年)や「大本教義と予審終結決定教義」(昭和14年)を作成した<ref>『[[新月の光]]』収録「予審終結決定と大本文献」</ref>。


戦後は大本の新発足のために尽力し、日本全国で講演・講座・座談を行い、新日本建設運動と大本の神教宣布に専念した。また世界連邦運動に参加した。
戦後は大本の新発足のために尽力し、日本全国で講演・講座・座談を行い、新日本建設運動と大本の神教宣布に専念した。また世界連邦運動に参加した。
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子息に木庭元晴(関西大学文学部教授、理学博士)がいる。
子息に木庭元晴(関西大学文学部教授、理学博士)がいる。


〔この項は木庭次守・編『新月の光』(八幡書店)下巻巻末の「編者略歴」及び「改訂版の発行にあたって」をもとに作成した〕
〔この項は木庭次守・編『[[新月の光]]』(八幡書店)下巻巻末の「編者略歴」及び「改訂版の発行にあたって」をもとに作成した〕


== 主な著作 ==
== 主な著作 ==