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{{Otheruses|「裏の神諭」と称する文献群の解説|その他の用法|裏の神諭 (曖昧さ回避)}}
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'''裏の神諭'''(うらのしんゆ)とは、大本開祖・[[出口直]]の在世中に[[王仁三郎]]が書いた教えに関する文献の総称である。
'''裏の神諭'''(うらのしんゆ)とは、大本開祖・[[出口直]]の在世中に[[王仁三郎]]が書いた教えに関する文献の総称である。
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** 大正6年(1917年)11月1日号(第53号)
** 大正6年(1917年)11月1日号(第53号)
** 大正7年(1918年)1月1日号(第55号)
** 大正7年(1918年)1月1日号(第55号)
** 同年2月1日号(第56号)(太古の神の因縁を含む)
** 同年2月1日号(第56号)(「[[太古の神の因縁]]」を含む)
** 同年3月1日号(第57号)
** 同年3月1日号(第57号)
** 同年4月15日号(第60号)
** 同年4月15日号(第60号)
** 同年5月1日号(第61号)
** 同年5月1日号(第61号)
* 「たまの礎(裏の神諭)」
* 「[[たまの礎]](裏の神諭)」
** 大正9年(1920年)6月11日号(第117号)
** 大正9年(1920年)6月11日号(第117号)
** 同年6月21日号(第118号)
** 同年6月21日号(第118号)
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** 同年7月21日号(第121号)
** 同年7月21日号(第121号)
** 同年8月11日号(第123号)
** 同年8月11日号(第123号)
* 「道の大本(裏の神諭)」
* 「[[道の大本]](裏の神諭)」
** 大正9年(1920年)8月11日号(第123号)
** 大正9年(1920年)8月11日号(第123号)
** 同年8月21日号(第124号)
** 同年8月21日号(第124号)
** 同年9月1日号(第125号)
** 同年9月1日号(第125号)
** 同年9月11日号(第126号)
** 同年9月11日号(第126号)
* 「筆のしづ九(裏の神諭)」
* 「[[筆のしづ九]](裏の神諭)」
** 大正9年(1920年)9月21日号(第127号)
** 大正9年(1920年)9月21日号(第127号)


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* 『筆のしず九 裏の神諭』昭和30年(1955年)、大本教学院、82頁。 →「[[筆のしず九 (大本教学院)]]」
* 『筆のしず九 裏の神諭』昭和30年(1955年)、大本教学院、82頁。 →「[[筆のしず九 (大本教学院)]]」
* 『大本史料集成 Ⅰ』昭和57年(1982年)6月、三一書房(p487以降の「第二部 出口王仁三郎の思想」に広義の裏の神諭の文献のほとんどを収録) →「[[大本史料集成]]」
* 『大本史料集成 Ⅰ』昭和57年(1982年)6月、三一書房(p487以降の「第二部 出口王仁三郎の思想」に広義の裏の神諭の文献のほとんどを収録) →「[[大本史料集成]]」
* 『裏の神諭』平成9年(1997年)4月、[[あいぜん出版]][[みいづ舎]] →「[[裏の神諭 (あいぜん出版)]]」
* 『裏の神諭』平成9年(1997年)4月、[[あいぜん出版]](その後[[みいづ舎]]) →「[[裏の神諭 (みいづ舎)]]」
* 『伊都能売神諭』平成14年(2002年)12月、[[八幡書店]](p185以降に「裏の神諭」「大本神歌」「いろは神歌」「いろは歌」を収録) →「[[伊都能売神諭 (八幡書店)]]」
* 『伊都能売神諭』平成14年(2002年)12月、[[八幡書店]](p185以降に「裏の神諭」「大本神歌」「いろは神歌」「いろは歌」を収録) →「[[伊都能売神諭 (八幡書店)]]」
* 『スサノオ哲学 道之大本』『スサノオ哲学 道之大本 資料編』平成18年(2006年)、[[みいづ舎]]。 →「[[道の大本]]」
* 『スサノオ哲学 道之大本』『スサノオ哲学 道之大本 資料編』平成18年(2006年)、[[みいづ舎]]。 →「[[道の大本]]」
== 脚注 ==
<references/>


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[表の神諭]]
* [[表の神諭]]
* [[伊都能売神諭]]
* [[伊都能売神諭]]
== 脚注 ==
<references/>


{{デフォルトソート:うらのしんゆ}}
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[[Category:文献]]
[[Category:文献]]