「昭和神聖会」の版間の差分

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王仁三郎が昭和神聖会の設立を決めた理由は簡単に言うと次のようになる。──社会は今「非常時日本」<ref>昭和恐慌(昭和5年)、農業恐慌(同5~6年)、満州事変(同6年)などの社会不安を背景に7年頃から「非常時日本」という言葉が叫ばれるようになった。8年には荒木貞夫陸軍大臣が演説するプロパガンダ映画『非常時日本』が陸軍省によって作られた。</ref>と騒いでいる。〈ウラルの嵐(注・ソ連の脅威)はいつ日本の本土に向つて吹き付けて来るか知れないまでの危局に直面し、また一方太平洋の荒浪(注・米国の脅威)はこの大和島根を呑まむとして居る非常時〉である。自分は昭和9年1月から東京に上り、要職の人々と話をしてみたが、〈大抵の人はこの大難局を目前に見ながら、総てが自己主義であり、事なかれ主義〉であって行動を起こそうとしない。〈これではいけないと私は深く感じ、身命を賭しても我が皇国の非常時を打開し、天津日の大神の御神勅通りに日本の光を世界各国に輝かさねばならないと固く決心した〉<ref>昭和9年(1934年)9月13日、昭和神聖会南桑支部発会式における出口王仁三郎の講演。『[[惟神の道]]』「{{obc|B123900c081|神聖運動について}}」から引用。</ref>。
王仁三郎が昭和神聖会の設立を決めた理由は簡単に言うと次のようになる。──社会は今「非常時日本」<ref>昭和恐慌(昭和5年)、農業恐慌(同5~6年)、満州事変(同6年)などの社会不安を背景に7年頃から「非常時日本」という言葉が叫ばれるようになった。8年には荒木貞夫陸軍大臣が演説するプロパガンダ映画『非常時日本』が陸軍省によって作られた。</ref>と騒いでいる。〈ウラルの嵐(注・ソ連の脅威)はいつ日本の本土に向つて吹き付けて来るか知れないまでの危局に直面し、また一方太平洋の荒浪(注・米国の脅威)はこの大和島根を呑まむとして居る非常時〉である。自分は昭和9年1月から東京に上り、要職の人々と話をしてみたが、〈大抵の人はこの大難局を目前に見ながら、総てが自己主義であり、事なかれ主義〉であって行動を起こそうとしない。〈これではいけないと私は深く感じ、身命を賭しても我が皇国の非常時を打開し、天津日の大神の御神勅通りに日本の光を世界各国に輝かさねばならないと固く決心した〉<ref>昭和9年(1934年)9月13日、昭和神聖会南桑支部発会式における出口王仁三郎の講演。『[[惟神の道]]』「{{obc|B123900c081|神聖運動について}}」から引用。</ref>。


設立当初の会則によると、「統管」の上位に「総裁」「副総裁」という役職があった。だが人事は未定だったようである。また、機関として「総裁府」「統管府」を置くことになっていた。しかし10月23日に会則が改正されて「総裁」は廃止となった。「総裁府」「統管府」も廃止され、新たに「統管部」が設置された。<ref>昭和神聖会以前に計画された「[[大日本協導団]]」構想では一条実孝(いちじょう さねたか、1880~1959年)公爵が総裁に就任予定だったため、おそらく昭和神聖会でも一条公爵か、他の有力華族あるいは皇族に総裁となってもらいたいと考えていたのだろうと推測される。『[[大本七十年史]] 下巻』「{{obc|B195402c5301|創立にいたるまで}}」参照</ref>
設立当初の会則によると、「統管」の上位に「総裁」「副総裁」という役職があった。だが人事は未定だったようである。また、機関として「総裁府」「統管府」を置くことになっていた。しかし10月23日に会則が改正されて「総裁」は廃止となった。「総裁府」「統管府」も廃止され、新たに「統管部」が設置された。<ref>昭和神聖会以前に計画された「[[大日本協導団]]」構想では一条実孝(いちじょう さねたか、1880~1959年)公爵が総裁に就任予定だったため、おそらく昭和神聖会でも一条公爵か、他の有力華族あるいは皇族に総裁となってもらいたいと考えていたのだろうと推測される。『[[大本七十年史]] 下巻』「{{obc|B195402c5301|創立にいたるまで}}」参照</ref>([[二条基弘]]公爵が総裁だという新聞報道があるが二条公爵は昭和3年に帰幽している<ref>東京朝日新聞 {{obc|NPTAc19351208G2|昭和10年12月8日 号外}}末尾:〈昭和神聖会は大本教の別働隊で出口王仁三郎氏を統監に、公爵[[二条基弘]]氏を総裁に、昨年一月二十三日東京で発会式を挙げ〉:昭和9年1月23日に発会式を挙げたというのは何を指しているのか不明。報道内容がおかしい。そもそも二条基弘は'''昭和3年(1928年)に帰幽'''している。[[二条基弘]]は[[九条尚忠]]の八男であり、[[鶴殿親子]]の夫・[[鶴殿忠善]]男爵は、九条尚忠の五男なので、二条基弘は鶴殿親子の義理の弟に当たる。</ref>)


== 会則等 ==
== 会則等 ==