「伯耆大山」の版間の差分
編集の要約なし |
|||
| (同じ利用者による、間の5版が非表示) | |||
| 1行目: | 1行目: | ||
'''伯耆大山'''(ほうきだいせん)は、鳥取県にある山。神代に素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した場所であり、[[霊界物語]]の最後の舞台として登場する予定だった。 | '''伯耆大山'''(ほうきだいせん)は、鳥取県にある山。神代に素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した場所であり、[[霊界物語]]の最後の舞台として登場する予定だった。 | ||
== 霊界物語の伯耆大山 == | == 霊界物語の伯耆大山 == | ||
| 50行目: | 49行目: | ||
記紀神話で素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した場所は、出雲の肥の河上の鳥髪(とりかみ)という地で、一般にその場所は「船通山(せんつうざん)」の麓であるとされる。船通山は鳥取県日南町と島根県奥出雲町との県境にあり、標高1,142m。古来より「鳥上山(鳥髪山)」とか「鳥上峰(鳥髪峰)」と呼ばれている。 | 記紀神話で素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した場所は、出雲の肥の河上の鳥髪(とりかみ)という地で、一般にその場所は「船通山(せんつうざん)」の麓であるとされる。船通山は鳥取県日南町と島根県奥出雲町との県境にあり、標高1,142m。古来より「鳥上山(鳥髪山)」とか「鳥上峰(鳥髪峰)」と呼ばれている。 | ||
しかし王仁三郎は、素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した場所は、伯耆大山であると言う(下の引用文及び前述の「霊界物語の最後の舞台」の項を参照)。またそのとき[[神庭会議]]を開いた場所が[[神刕別院]]がある地であるという<ref>{{obc | しかし王仁三郎は、素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した場所は、伯耆大山であると言う(下の引用文及び前述の「霊界物語の最後の舞台」の項を参照)。またそのとき[[神庭会議]]を開いた場所が[[神刕別院]]がある地であるという<ref>{{obc|B195402c5113|『大本七十年史 下巻』聖師巡教の旅へ}}:「昭和三年の一二月一五日、聖師は二代教主とともに鳥取県の西伯郡日吉津村の神刕別院の開院式にのぞんだ。(略)このとき聖師によってこの地の由来がとかれ、「素盞嗚尊が八岐の大蛇を退治したと言はれるのは大山のことであり、この別院のある地がそのとき神庭会議を開いた因縁の地である」と語っている」</ref>。 | ||
{{Inyou|(略)神代の昔神素盞嗚尊が伯耆大山即ち日の川上山に於て八岐の大蛇を退治され、大黒主の鬼雲別以下を平定された(略)|{{kgm|461|十和田湖の神秘}} }} | {{Inyou|(略)神代の昔神素盞嗚尊が伯耆大山即ち日の川上山に於て八岐の大蛇を退治され、大黒主の鬼雲別以下を平定された(略)|{{kgm|461|十和田湖の神秘}} }} | ||
| 78行目: | 77行目: | ||
昭和22年(1947年)、大山山麓に[[愛善苑]]大山農場が設けられた。→詳細は「[[大山農場]]」を見よ | 昭和22年(1947年)、大山山麓に[[愛善苑]]大山農場が設けられた。→詳細は「[[大山農場]]」を見よ | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
* [[高麗山]] - 大山の北西にある大山山系の山。孝霊山の別名。 | * [[高麗山]] - 大山の北西にある大山山系の山。孝霊山の別名。 | ||
* [[伯耆の国]] | |||
== 外部リンク == | == 外部リンク == | ||
* | * {{wp|大山_(鳥取県)}} | ||
* | * {{wp|船通山}} | ||
* | * {{wp|大山寺}}/[http://daisenji.jp/ 大山寺公式サイト] | ||
* | * {{wp|大神山神社}}/[http://www.oogamiyama.or.jp/ 大神山神社公式サイト] | ||
* | * {{wp|皆生温泉}} | ||
* [ | * [https://www.kaichoen.net/okamiblog/post_7/ 皆生温泉最古のお風呂] - 海潮園(旧称・浜屋旅館)の女将のブログ。王仁三郎が滞在したことに触れている。 | ||
== 脚注 == | |||
<references/> | |||
[[Category:山|ほうきたいせん]] | [[Category:山|ほうきたいせん]] | ||
[[Category:霊界物語の山|ほうきたいせん]] | [[Category:霊界物語の山|ほうきたいせん]] | ||