「宇宙紋章」の版間の差分
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[[昭和青年会]]のシンボルマークとしても使われた。ただし配色が一部異なる。「昭和青年会旗は鶴山織で、縦七四センチ、横九一センチで、中央赤色の丸の中に緑の星を入れ、赤丸の外を白丸でかこみ、その外を黄色の丸でかこんだもので、日地月星の紋様である」<ref>『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195402c5215|昭和青年会の改組}}」</ref> | [[昭和青年会]]のシンボルマークとしても使われた。ただし配色が一部異なる。「昭和青年会旗は鶴山織で、縦七四センチ、横九一センチで、中央赤色の丸の中に緑の星を入れ、赤丸の外を白丸でかこみ、その外を黄色の丸でかこんだもので、日地月星の紋様である」<ref>『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195402c5215|昭和青年会の改組}}」</ref> | ||
宇宙紋章が出来ることは、明治32年(1899年)[[十曜の神紋]]が出来た時、[[出口直]]開祖から予告されていた。「大本には後来、さらに新たな紋が出来る。その紋はミロク神政成就のしるしであるから、この時を境として大本は云うに言われぬ結構なことに代わってくる」。神界の許可を得なくては衣服の文様に用いることは出来ない。<ref>[[井上留五郎]]『[[暁の烏]]』「{{obc|B116500c094|(四)新定の紋章}}」</ref> | 宇宙紋章が出来ることは、明治32年(1899年)[[十曜の神紋]]が出来た時、[[出口直]]開祖から予告されていた。「大本には後来、さらに新たな紋が出来る。その紋はミロク神政成就のしるしであるから、この時を境として大本は云うに言われぬ結構なことに代わってくる」。神界の許可を得なくては衣服の文様に用いることは出来ない。<ref>[[井上留五郎]]『[[暁の烏]]』「{{obc|B116500c094|(四)新定の紋章}}」</ref> | ||
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* 昭和25年(1950年)12月6日、[[大本更始会]]を復活することになり、宇宙紋章が会章に採用された。<ref>『[[大本七十年史]] 下巻』「{{obc|B195402c7421|大本愛善苑}}」</ref> | * 昭和25年(1950年)12月6日、[[大本更始会]]を復活することになり、宇宙紋章が会章に採用された。<ref>『[[大本七十年史]] 下巻』「{{obc|B195402c7421|大本愛善苑}}」</ref> | ||
* 昭和34年(1959年)1月21日、宇宙紋章が大本信徒章として制定され、従来の会員章は廃止された。<ref>『[[大本七十年史]] 下巻』「{{obc|B195402c8221|あらたな展開}}」</ref> | * 昭和34年(1959年)1月21日、宇宙紋章が大本信徒章として制定され、従来の会員章は廃止された。<ref>『[[大本七十年史]] 下巻』「{{obc|B195402c8221|あらたな展開}}」</ref> | ||
== ギャラリー == | |||
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File:入蒙の際に用いた錦旗.jpg|入蒙の際に用いた錦旗。 | |||
File:入蒙で用いた「熱察綏自治軍」の旗.jpg|入蒙で用いた「熱・察・綏自治軍」の旗。 | |||
File:人類愛善会の旗.jpg|人類愛善会の旗。 | |||
File:昭和青年会の旗.jpg|昭和青年会の旗。 | |||
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== 脚注 == | == 脚注 == | ||