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'''至聖殿'''(しせいでん)は、 # [[綾部]]の神苑にある神殿。 # [[霊界物語]]に登場する神殿。[[紫微天界]]の[[高日の宮]]にある。{{rm|73|26|主神の降臨}}だけに出る。 本項では綾部の至聖殿について解説する。 ---- == 概要 == * 大正9年に竣工した[[五六七殿]]は拝殿であり、その奥に造られた神殿が至聖殿である。渡り橋を経て別棟になっていた。桧皮葺きで、建坪30坪。<ref name="B195401c2323">『大本七十年史 上巻』「{{obc|B195401c2323|綾部神苑の拡張と整備}}」</ref> == 略年表 == * 大正9年(1920年)3月22日、斧始式。<ref name="B195401c2323" /> <ref name="oomoto_nanpyou">「大本年表」</ref> * 同年5月20日、地鎮祭。6月1日、立柱式。6月9日、上棟式。<ref name="oomoto_nanpyou" /> * 同年9月14日、竣成。<ref name="oomoto_nanpyou" /> * 同年9月24日、竣成式。[[金竜殿]]から[[大本皇大神]]の神霊が遷座される。<ref name="B195401c2323" /> <ref name="oomoto_nanpyou" /> <ref>「大本年表」では9月14日に竣成、24日に竣成式になっているが、『大本七十年史』では9月24日に「竣工」({{obc|B195401c2323|綾部神苑の拡張と整備}}」)、9月14日に「落成式」({{obc|B195401c2324|亀岡大道場}}」)になっており、食い違いがある。</ref> * 昭和3年(1928年)3月3日、[[みろく大祭]]で、17人の幹部が至聖殿に昇殿して祭典を執行したが、これが当局から国体変革の秘密結社を結成したと曲解され、[[第二次大本事件]]の証拠とされた。→「[[みろく大祭]]」を見よ * 昭和11年(1936年)5月21日、第二次大本事件により至聖殿は倒壊される。<ref name="oomoto_nanpyou" /> {{デフォルトソート:しせいてん}} [[Category:大本の施設]] [[Category:霊界物語の神殿]]
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