月宮宝座

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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月宮宝座(げっきゅうほうざ)は、亀岡天恩郷にある聖壇。月宮殿の跡に築造され、昭和24年に完成した。月宮宝座は天恩郷の至聖所であり、現在は禁足地となっている。

概要

  • 「綾部は日の大神様の聖地で、亀岡は月の大神様の聖地であるから、月に型どった円形の聖壇を設ける」という王仁三郎の意志に沿って築造された。[1]
  • 高さ8尺(2.4m)、直径10間(18m)余りに国魂石を積み重ね、中央に2000貫(7.5t)の天拝石が据えられた。国魂石には、第二次大本事件によって破壊された四十八宝座の国魂石が、天拝石には、伊都能売観音座像の手前下(現在の大安石の左)に安置されていた扁平な巨石が当てられた。[1]

略年表

  • 昭和23年(1948年)8月15日、月宮山と月宮宝座の築造計画が発表される。[1]
  • 同年8月16日(旧7月12日)瑞生大祭。月宮宝座起工式。
  • 同年11月10日、工事着工。
  • 昭和24年(1949年)5月6日、第一期工事完成奉告祭。
  • 同年6月6日、外輪石垣完成奉告祭。
  • 同年8月6日(旧7月12日)瑞生大祭(従来は月の輪台の前で行われていたが[1]、この年から月宮宝座で行うことになる)。
  • 同年10月8日、天拝石(2千貫)を月宮宝座上に安置。[2]
  • 同年11月8日、月宮宝座の築造が完成する。[2]
  • 同年12月8日、新生記念祭。月宮宝座完成祭。
  • 平成4年(1992年)12月8日、月宮宝座周辺が禁足地となる。

〔この項は特記ある場合を除き「大本年表」をもとに作成した〕

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 大本七十年史 下巻』「造営と祭事#
  2. 2.0 2.1 『大本七十年史 下巻』「造営と祭事#」では、天拝石が置かれたのは11月8日で、二日後の11月10日に月宮宝座が完成したと書いてある。