「霊界物語」の版間の差分

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(巻番号の変動)
(巻番号の変動)
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== 巻番号の変動 ==
 
== 巻番号の変動 ==
  
第66巻以降は、口述時の巻番号と出版時の巻番号に変動がある。これは第71巻(現・第64巻下)が発禁になったため巻番号を再編成したと思われる。
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[[第66巻]]以降は、口述時の巻番号と出版時の巻番号に変動がある。これは第71巻(現・[[第64巻下]])が発禁になったため巻番号を再編成したと思われる。
  
 
また、奥付の日付と、実際の発行日に大きな隔たりがある巻がある。これは印刷等の出版作業が遅れ気味だったため、計画当初の組版のまま印刷したのだと考えれば理解できる。
 
また、奥付の日付と、実際の発行日に大きな隔たりがある巻がある。これは印刷等の出版作業が遅れ気味だったため、計画当初の組版のまま印刷したのだと考えれば理解できる。
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! 口述年月 !! 口述時の巻番号 → !! 初版の巻番号 !! 初版発行の順序(丸数字)と年月 !! 現在の巻番号
 
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| 大正12年5月 || 第61巻 → || 第61巻(子) || ②大正14年10月16日 || 第61巻
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| 大正12年5月 || 第62巻 → || 第62巻(丑) || ④大正15年1月(奥付は大正14年10月16日)<ref name="rm62memo" group="注A" />[※1] || 第62巻
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| 大正12年5月 || 第62巻 → || 第62巻(丑) || ④大正15年1月(奥付は大正14年10月16日)<ref name="rm62memo" group="注A" /> || [[第62巻]]
 
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| 大正12年5月 || 第63巻 → || 第63巻(寅) || ⑤大正15年2月 || 第63巻
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| 大正12年7月 || 第65巻 → || 第65巻(辰) || ⑥大正15年4月<ref name="rm65memo" group="注A" />[※3] || 第65巻
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| 大正13年1月<ref name="rm69memo" group="注A" />[※5] || 第66巻 → || 第69巻(申) || ⑩昭和2年10月 || 第69巻
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| 大正13年12月 || 第67巻 → || 王仁蒙古入記 || ①大正14年2月 || -
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| 大正13年12月 || 第68巻 → || 第66巻(巳) || ⑦大正15年6月 || 第66巻
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| 大正13年12月 || 第69巻 → || 第67巻(午) || ⑧大正15年8月 || 第67巻
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| 大正14年1月 || 第70巻 → || 第68巻(未) || ⑨大正15年9月 || 第68巻
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| 大正14年8月15日 || 王仁蒙古入記を改訂して入蒙記 || - || (『出口王仁三郎全集 第6巻』に収録して昭和10年に発行) || 入蒙記
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| 大正14年8月19~21日 || 第71巻 → || 第71巻(戌) || ③大正14年11月7日【発禁】 || 第64巻下
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| 大正14年8月19~21日 || 第71巻 → || 第71巻(戌) || ③大正14年11月7日【11月6日に発禁】<ref name="rm71memo" group="注A" /> || [[第64巻下]]
 
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| 大正14年8月23~25日 || 第72巻 → || 第70巻(酉) || ⑪昭和3年4月(奥付は大正14年10月16日)<ref name="rm70memo" group="注A" />[※4] || 第70巻
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| 大正14年8月23~25日 || 第72巻 → || 第70巻(酉) || ⑪昭和3年4月(奥付は大正14年10月16日)<ref name="rm70memo" group="注A" /> || [[第70巻]]
 
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| 大正14年11月7日~15年2月 || 第73巻 → || 第71巻(戌) || ⑫昭和4年2月 || 第71巻
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| 大正15年6月 || 第74巻 → || 第72巻(亥) || ⑬昭和4年4月 || 第72巻
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現・第64巻下は旧・第71巻として出版されたが発禁処分(11月6日<ref>11月6日午後2時に発行禁止と差押の命令が来る。(『真如能光』第1号p86の告示、第2号p30による)</ref>)となる<ref>次の日には新たな第71巻となる第73巻の口述が開始されている。</ref>。
 
  
 
【注A】
 
【注A】
 
<references group="注A">
 
<references group="注A">
<ref name="rm62memo">第62巻…『真如能光』大正15年(1926年)1月5日号「綾部だより」p46の12月31日の項に「霊界物語第六十二巻(山河草木丑の巻)出来」と記されている。</ref>
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<ref name="rm62memo">第62巻…『[[真如能光]]』大正15年(1926年)1月5日号「綾部だより」p46の12月31日の項に「霊界物語第六十二巻(山河草木丑の巻)出来」と記されている。</ref>
<ref name="rm64memo">第64巻(現・第64巻上)…奥付は第61巻と同じく大正14年10月16日だが、『霊界物語資料篇』p307には大正13年4月5日発行と書いてある。</ref>
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<ref name="rm64memo">第64巻(現・第64巻上)…奥付は第61巻と同じく大正14年10月16日だが、『[[霊界物語資料篇]]』p307には大正13年4月5日発行と書いてある。</ref>
 
<ref name="rm65memo">第65巻…奥付は大正15年4月14日だが、『霊界物語資料篇』p316には大正13年4月5日発行と書いてある。しかし『真如能光』大正15年(1926年)3月15日号「綾部だより」p48の3月9日の項に「霊界物語第二巻は目下再版中である、尚六十五巻も発行される事になりいづれも春季大祭(新四月十四日)迄には出来る予定です」と記されているので、『霊界物語資料篇』の記述は誤記である。</ref>
 
<ref name="rm65memo">第65巻…奥付は大正15年4月14日だが、『霊界物語資料篇』p316には大正13年4月5日発行と書いてある。しかし『真如能光』大正15年(1926年)3月15日号「綾部だより」p48の3月9日の項に「霊界物語第二巻は目下再版中である、尚六十五巻も発行される事になりいづれも春季大祭(新四月十四日)迄には出来る予定です」と記されているので、『霊界物語資料篇』の記述は誤記である。</ref>
 
<ref name="rm70memo">第70巻…『真如能光』昭和3年(1928年)4月25日号「綾部だより」p31の4月17日の項に「霊界物語山河草木酉の巻(第七十巻)出来、納本す」と記されている。</ref>
 
<ref name="rm70memo">第70巻…『真如能光』昭和3年(1928年)4月25日号「綾部だより」p31の4月17日の項に「霊界物語山河草木酉の巻(第七十巻)出来、納本す」と記されている。</ref>
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<ref name="rm71memo">第71巻…11月6日午後2時に発行禁止と差押の命令が来た(『真如能光』第1号p86の告示、第2号p30による)。次の日には新たな第71巻となる第73巻の口述が開始されている。</ref>
 
<ref name="rm69memo">1月から12月まで長期間空いているが、蒙古に行ったためである。大正13年(1924年)2月に蒙古へ向けて旅立ち、7月に帰国、入監し、保釈されて帰綾したのは11月。</ref>
 
<ref name="rm69memo">1月から12月まで長期間空いているが、蒙古に行ったためである。大正13年(1924年)2月に蒙古へ向けて旅立ち、7月に帰国、入監し、保釈されて帰綾したのは11月。</ref>
 
</references>
 
</references>
  
 
=== 通巻章番号の変動 ===
 
=== 通巻章番号の変動 ===
巻番号が変動したため、通巻の章番号にも変動が生じている。当初は口述順で付けられた思われるが、第71巻(現・第64巻下)の発禁によって巻構成が再編成され、それに伴い通巻章番号も付け直されたのだと思われる。
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巻番号が変動したため、通巻の章番号にも変動が生じている。当初は口述順で付けられた思われるが、第71巻(現・[[第64巻下]])の発禁によって巻構成が再編成され、それに伴い通巻章番号も付け直されたのだと思われる。
  
第67巻(王仁蒙古入記→入蒙記)と第71巻(現在の第64巻下)が巻構成から除外されたため、61章減っている(1892→1831)。
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第67巻([[王仁蒙古入記]]→[[入蒙記]])と第71巻(現在の[[第64巻下]])が巻構成から除外されたため、61章減っている(1892→1831)。
  
第67巻は『王仁蒙古入記』と題して出版された後も、霊界物語の巻として刊行する予定だったらしく<ref>校定版のあとがき(昭和45年)に「出口聖師の入蒙記録は(略)「王仁蒙古入記」として大正十四年二月十四日蚕都新聞社から出版されたものです。 その後、霊界物語第六十七巻として発行される予定でしたが」とある。</ref>、それを前提に第71巻(現・第64巻下)は通巻章番号1807~1828が付けられて刊行されたのだと思われる。発禁となり、大戦後に第64巻下として発行されたが<ref>第64巻と合冊して発行せよと王仁三郎の指示があった。</ref>、通巻章番号はそのままとしたため、1807~1828は他の巻(第71~72巻)と重複することとなった。
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第67巻は『[[王仁蒙古入記]]』と題して出版された後も、霊界物語の巻として刊行する予定だったらしく<ref>[[校定版]]のあとがき(昭和45年)に「出口聖師の入蒙記録は(略)「王仁蒙古入記」として大正十四年二月十四日蚕都新聞社から出版されたものです。 その後、霊界物語第六十七巻として発行される予定でしたが」とある。</ref>、それを前提に第71巻(現・第64巻下)は通巻章番号1807~1828が付けられて刊行されたのだと思われる。発禁となり、大戦後に第64巻下として発行されたが<ref>第64巻と合冊して発行せよと王仁三郎の指示があった。</ref>、通巻章番号はそのままとしたため、1807~1828は他の巻(第71~72巻)と重複することとなった。
  
 
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! 口述時の巻番号 !! 章の数 !! 口述順で付けた場合の通巻章番号 !! 初版の巻番号 !! 発行順 !! 発行時の通巻章番号 !! 現在の巻番号
 
! 口述時の巻番号 !! 章の数 !! 口述順で付けた場合の通巻章番号 !! 初版の巻番号 !! 発行順 !! 発行時の通巻章番号 !! 現在の巻番号
 
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| 第64巻 || 27 || 1630~1656 || 第64巻 || ② || 1630~1656 || 第64巻上
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| 第66巻 || 22 || 1683~1704 || 第69巻 || ⑩ || 1746~1767 || 第69巻
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| 第70巻 || 21 || 1786~1806 || 第68巻 || ⑨ || 1725~1745 || 第68巻
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2019年3月16日 (土) 06:44時点における版

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霊界物語(れいかいものがたり)とは、出口王仁三郎が書いた全81巻から成る書物のこと。大本二大教典の一つ。

概要

  • 著述は基本的に王仁三郎が口述し、30数名の筆録者が書記した。一部、王仁三郎が直接書記した部分もある。→ 筆録者
  • 大正10年(1921年)から15年にかけて72巻が、昭和8年(1933年)から9年にかけて9巻(天祥地瑞)が書かれた。
  • 第64巻が上・下の2冊に分かれており、他に番外編として「入蒙記」が1冊入っているため、巻数としては第81巻までしかないが、冊数は83冊あるため「81巻83冊」と呼ばれる。
  • 当初は全部で120巻になる予定だった第1巻附記#。また最初は神命で360字詰め原稿用紙400枚を1巻とし、36巻を1集として48集つまり1728巻書けと命じられたが、それではあまりにも長すぎるので神様にお願いして120巻にしてもらった[1]
  • 王仁三郎は口述開始の時に筆録者の一人の桜井重雄に「三界通覧」という書名にしようかと言っていたが、最終的には「霊界物語」になった[2]
  • 霊界物語の「霊界」とは「霊妙な世界」の意味であり、顕界(現界)・幽界(地獄界)・神界(天界)の三界の総称である[3]

霊界物語は12巻ずつ一括りになっており、「輯(しゅう)」と呼ぶ[4]。それぞれ輯の題名が付けられており、1巻ごとに十二支の名前が与えられている。たとえば第1巻は「霊主体従 子の巻」と呼ばれる。次のように計7輯から成る。

輯題 冊数
1 第1~12巻 霊主体従(れいしゅたいじゅう) 12冊
2 第13~24巻 如意宝珠(にょいほっしゅ) 12冊
3 第25~36巻 海洋万里(かいようばんり) 12冊
4 第37~48巻 舎身活躍(しゃしんかつやく) 12冊
5 第49~60巻 真善美愛(しんぜんびあい) 12冊
6 第61~72巻 山河草木(さんかそうもく) 14冊(注)
7 第73~81巻 天祥地瑞(てんしょうちずい) 9冊
合計 83冊

(注)山河草木に巻外の特別篇として「入蒙記」が入っており、また第64巻が上・下の2冊あるので14冊になる。

山河草木の後は「千山万水(せんざんばんすい)」という輯題になる予定で第73巻と第74巻が口述された[5]。しかし第67巻が『王仁蒙古入記』と題して出版され、第71巻(現・第64巻下)が発禁となり2巻減ったため、第73・74巻は第71・72巻に改められ山河草木の中に収まった。

巻番号の変動

第66巻以降は、口述時の巻番号と出版時の巻番号に変動がある。これは第71巻(現・第64巻下)が発禁になったため巻番号を再編成したと思われる。

また、奥付の日付と、実際の発行日に大きな隔たりがある巻がある。これは印刷等の出版作業が遅れ気味だったため、計画当初の組版のまま印刷したのだと考えれば理解できる。

口述年月 口述時の巻番号 → 初版の巻番号 初版発行の順序(丸数字)と年月 現在の巻番号
大正12年5月 第61巻 → 第61巻(子) ②大正14年10月16日 第61巻
大正12年5月 第62巻 → 第62巻(丑) ④大正15年1月(奥付は大正14年10月16日)[注A 1] 第62巻
大正12年5月 第63巻 → 第63巻(寅) ⑤大正15年2月 第63巻
大正12年7月 第64巻 → 第64巻(卯) ②大正14年10月16日[注A 2] 第64巻上
大正12年7月 第65巻 → 第65巻(辰) ⑥大正15年4月[注A 3] 第65巻
大正13年1月[注A 4] 第66巻 → 第69巻(申) ⑩昭和2年10月 第69巻
大正13年12月 第67巻 → 王仁蒙古入記 ①大正14年2月 -
大正13年12月 第68巻 → 第66巻(巳) ⑦大正15年6月 第66巻
大正13年12月 第69巻 → 第67巻(午) ⑧大正15年8月 第67巻
大正14年1月 第70巻 → 第68巻(未) ⑨大正15年9月 第68巻
大正14年8月15日 王仁蒙古入記を改訂して入蒙記 - 出口王仁三郎全集(第6巻)に収録して昭和10年に発行) 入蒙記
大正14年8月19~21日 第71巻 → 第71巻(戌) ③大正14年11月7日【11月6日に発禁】[注A 5] 第64巻下
大正14年8月23~25日 第72巻 → 第70巻(酉) ⑪昭和3年4月(奥付は大正14年10月16日)[注A 6] 第70巻
大正14年11月7日~15年2月 第73巻 → 第71巻(戌) ⑫昭和4年2月 第71巻
大正15年6月 第74巻 → 第72巻(亥) ⑬昭和4年4月 第72巻

【注A】

  1. 第62巻…『真如能光』大正15年(1926年)1月5日号「綾部だより」p46の12月31日の項に「霊界物語第六十二巻(山河草木丑の巻)出来」と記されている。
  2. 第64巻(現・第64巻上)…奥付は第61巻と同じく大正14年10月16日だが、『霊界物語資料篇』p307には大正13年4月5日発行と書いてある。
  3. 第65巻…奥付は大正15年4月14日だが、『霊界物語資料篇』p316には大正13年4月5日発行と書いてある。しかし『真如能光』大正15年(1926年)3月15日号「綾部だより」p48の3月9日の項に「霊界物語第二巻は目下再版中である、尚六十五巻も発行される事になりいづれも春季大祭(新四月十四日)迄には出来る予定です」と記されているので、『霊界物語資料篇』の記述は誤記である。
  4. 1月から12月まで長期間空いているが、蒙古に行ったためである。大正13年(1924年)2月に蒙古へ向けて旅立ち、7月に帰国、入監し、保釈されて帰綾したのは11月。
  5. 第71巻…11月6日午後2時に発行禁止と差押の命令が来た(『真如能光』第1号p86の告示、第2号p30による)。次の日には新たな第71巻となる第73巻の口述が開始されている。
  6. 第70巻…『真如能光』昭和3年(1928年)4月25日号「綾部だより」p31の4月17日の項に「霊界物語山河草木酉の巻(第七十巻)出来、納本す」と記されている。

通巻章番号の変動

巻番号が変動したため、通巻の章番号にも変動が生じている。当初は口述順で付けられた思われるが、第71巻(現・第64巻下)の発禁によって巻構成が再編成され、それに伴い通巻章番号も付け直されたのだと思われる。

第67巻(王仁蒙古入記入蒙記)と第71巻(現在の第64巻下)が巻構成から除外されたため、61章減っている(1892→1831)。

第67巻は『王仁蒙古入記』と題して出版された後も、霊界物語の巻として刊行する予定だったらしく[6]、それを前提に第71巻(現・第64巻下)は通巻章番号1807~1828が付けられて刊行されたのだと思われる。発禁となり、大戦後に第64巻下として発行されたが[7]、通巻章番号はそのままとしたため、1807~1828は他の巻(第71~72巻)と重複することとなった。

口述時の巻番号 章の数 口述順で付けた場合の通巻章番号 初版の巻番号 発行順 発行時の通巻章番号 現在の巻番号
第64巻 27 1630~1656 第64巻 1630~1656 第64巻上
第65巻 26 1657~1682 第65巻 1657~1682 第65巻
第66巻 22 1683~1704 第69巻 1746~1767 第69巻
第67巻 39 1705~1743 王仁蒙古入記 なし -
第68巻 20 1744~1763 第66巻 1683~1702 第66巻
第69巻 22 1764~1785 第67巻 1703~1724 第67巻
第70巻 21 1786~1806 第68巻 1725~1745 第68巻
入蒙記 39 - - なし 入蒙記
第71巻 22 1807~1828 第71巻【発禁】 1807~1828 第64巻下
第72巻 22 1829~1850 第70巻 1768~1789 第70巻
第73巻 20 1851~1870 第71巻 1790~1809 第71巻
第74巻 22 1871~1892 第72巻 1810~1831 第72巻

篇と章の数

霊界物語の篇の総数は369、章の総数は2108ある。

ただし通巻の章番号は2047(第81巻第20章)までしかない。これは入蒙記(39章)には通巻章番号が振られておらず、また第64巻下の通巻章番号(1807~1828の22章)が他の巻と重複しているからである。そのため 2047+39+22=2108 となる。(重複理由については「巻番号の変動」の項を参照)

第7巻までは50章ずつで、第8巻から章の数が減っているが、第8巻序文#に「総じてこの霊界物語は、口述の最初に当り五百六十七節にて完成する考へを以て、一冊を五十節に刻み全十二冊の予定のところ、到底是にてはその一部分をも講了すべからざるを覚り、本巻よりは一冊五十章組の規定を破り、口の車の行き突きばつたりに歩を進むる事と致しました」と記されている。

篇の数 章の数
第1巻 5 50
第2巻 7 50
第3巻 12 50
第4巻 9 50
第5巻 7 50
第6巻 8 50
第7巻 9 50
第8巻 6 43
第9巻 5 37
第10巻 3 37
第11巻 5 29
第12巻 4 30
第13巻 5 24
第14巻 4 17
第15巻 4 23
第16巻 3 21
第17巻 3 17
第18巻 5 17
第19巻 4 17
第20巻 3 12
第21巻 4 18
第22巻 5 20
第23巻 4 18
第24巻 4 16
第25巻 5 19
第26巻 4 17
第27巻 5 18
第28巻 4 22
第29巻 4 20
第30巻 5 24
第31巻 4 25
第32巻 4 24
第33巻 4 26
第34巻 3 23
第35巻 3 24
第36巻 4 24
第37巻 4 25
第38巻 5 28
第39巻 5 19
第40巻 4 20
第41巻 4 21
第42巻 5 26
第43巻 5 18
第44巻 3 21
第45巻 4 20
第46巻 4 23
第47巻 3 21
第48巻 4 20
第49巻 4 20
第50巻 4 21
第51巻 4 21
第52巻 5 27
第53巻 4 23
第54巻 5 22
第55巻 4 22
第56巻 4 20
第57巻 3 25
第58巻 4 25
第59巻 4 25
第60巻 5 25
第61巻 5 25
第62巻 6 32
第63巻 5 22
第64巻上 5 27
第64巻下 4 22
第65巻 5 26
第66巻 4 20
第67巻 4 22
第68巻 5 21
第69巻 4 22
第70巻 3 22
第71巻 3 20
第72巻 3 22
入蒙記 5 39
第73巻 3 37
第74巻 3 26
第75巻 4 23
第76巻 3 15
第77巻 4 24
第78巻 4 25
第79巻 3 23
第80巻 3 23
第81巻 4 20
合計 369 2108

脚注

  1. 第37巻序#
  2. 木庭次守・編『霊界物語大事典総索引その1』P42
  3. 『水鏡』所収「霊界と神霊界」
  4. 12巻ごとを「輯」と呼ぶことは霊界物語中の数ヶ所に記されている。【例】第50巻序文#:霊界物語第一巻より第十二巻までを第一とし改めて「霊主体従」と題し、第十三巻より第廿四巻迄を「如意宝珠」と題し、第廿五巻より第卅六巻までを第三とし「海洋万里」と題し、第卅七巻より第四十八巻迄を第四とし「舎身活躍」と題し、第五に当る「真善美愛」と題せる物語を」、第48巻第9章罪人橋#:「此語字については霊界物語第二第三巻(第十五巻)第一天国と云ふ所に」
  5. 第71巻序文#:「山河草木の続篇として、更に十二巻を千山万水と命名して口述することに致します」
  6. 校定版のあとがき(昭和45年)に「出口聖師の入蒙記録は(略)「王仁蒙古入記」として大正十四年二月十四日蚕都新聞社から出版されたものです。 その後、霊界物語第六十七巻として発行される予定でしたが」とある。
  7. 第64巻と合冊して発行せよと王仁三郎の指示があった。

外部リンク