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出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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* 『歩兵第六十七連隊文集 第一巻』昭和38年(1963年)1月、六七会、全522頁──第七中隊中隊長の四方源一郎が書いた「あの日あの時」(221~236頁)の最後の頁(236頁)に、四方の父が「熱烈なる大本教の信者」であり、自分が携帯した軍刀に「出口王仁三郎氏の守護の拇印」が押されてあり、敵機の銃弾が軍刀の背に命中したため自分には何の怪我もなかったという御神徳談が記されている。〔{{ndldl|9548395/1/136}}
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; 『歩兵第六十七連隊文集 第一巻』
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: 昭和38年(1963年)1月、六七会、全522頁
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: 第七中隊中隊長の四方源一郎が書いた「あの日あの時」(221~236頁)の最後の頁(236頁)に、四方の父が「熱烈なる大本教の信者」であり、自分が携帯した軍刀に「出口王仁三郎氏の守護の拇印」が押されてあり、敵機の銃弾が軍刀の背に命中したため自分には何の怪我もなかったという御神徳談が記されている。
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2024年1月13日 (土) 04:46時点における版

書籍・雑誌記事などに、ほんの少しだけ王仁三郎関係の記述があるものをここにリストアップする。

その記述がある程度の頁数に亘っている場合は独立した項目にする。→「カテゴリ:書籍 (一部)


『歩兵第六十七連隊文集 第一巻』
昭和38年(1963年)1月、六七会、全522頁
第七中隊中隊長の四方源一郎が書いた「あの日あの時」(221~236頁)の最後の頁(236頁)に、四方の父が「熱烈なる大本教の信者」であり、自分が携帯した軍刀に「出口王仁三郎氏の守護の拇印」が押されてあり、敵機の銃弾が軍刀の背に命中したため自分には何の怪我もなかったという御神徳談が記されている。