「大日本修斎会」の版間の差分

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'''大日本修斎会'''(だいにほんしゅうさいかい)は、大本の組織。大本は明治41年(1908年)から大正11年(1922年)まで教団組織を大日本修斎会と称していた。
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'''大日本修斎会'''(だいにほんしゅうさいかい)は、[[大本]]が明治41年(1908年)から大正11年(1922年)まで称していた教団組織の名称。「[[大本瑞祥会]]」に改称された。
  
 
* 明治41年(1908年)8月1日:[[金明霊学会]]を大日本修斎会に改称する。それまで教団運営の費用は主に役員が負担していたが、大日本修斎会の発足以降は会員が納付する会費によってまかなうことになった<ref>『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c2111|創立の状況}}」</ref>。
 
* 明治41年(1908年)8月1日:[[金明霊学会]]を大日本修斎会に改称する。それまで教団運営の費用は主に役員が負担していたが、大日本修斎会の発足以降は会員が納付する会費によってまかなうことになった<ref>『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c2111|創立の状況}}」</ref>。

2022年4月19日 (火) 13:45時点における最新版

大日本修斎会(だいにほんしゅうさいかい)は、大本が明治41年(1908年)から大正11年(1922年)まで称していた教団組織の名称。「大本瑞祥会」に改称された。

  • 明治41年(1908年)8月1日:金明霊学会を大日本修斎会に改称する。それまで教団運営の費用は主に役員が負担していたが、大日本修斎会の発足以降は会員が納付する会費によってまかなうことになった[1]
  • 大正11年(1922年)2月4日:大日本修斎会を大本瑞祥会に改称する。

脚注

  1. 大本七十年史 上巻』「創立の状況#