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出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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'''出口政五郎'''(でぐち まさごろう)は、大本開祖・[[出口直]]の夫。旧名・四方豊助(しかた とよすけ)。職業は大工。
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何鹿郡中筋村字岡(現・綾部市岡町<ref>綾部高校の辺り</ref>)の四方治郎兵衛の五男として生まれる。生年月日不詳。
 
何鹿郡中筋村字岡(現・綾部市岡町<ref>綾部高校の辺り</ref>)の四方治郎兵衛の五男として生まれる。生年月日不詳。
  
安政2年(1855年)2月3日(新3月20日)28歳の時、[[出口ゆり]]の婿養子となり直と結婚。「政五郎」を襲名する。
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安政2年(1855年)2月3日(新3月20日)28歳の時、[[綾部]]の[[出口ゆり]]の婿養子となり直と結婚。「政五郎」を襲名する。
  
 
政五郎は腕のいい大工で、結婚して1~2年はお金に困らず生活できた。しかし、酒好きで、芝居と冗談が大好きな、人の良い楽天家で放漫家だった。気が向けば仕事に熱中し、気乗りがしなければいつまでも手をつけないという気まぐれな性格であり、また取り引きが下手で赤字を重ねていた。次第に生活は悪化し、田地や家屋敷も無くなってしまった。
 
政五郎は腕のいい大工で、結婚して1~2年はお金に困らず生活できた。しかし、酒好きで、芝居と冗談が大好きな、人の良い楽天家で放漫家だった。気が向けば仕事に熱中し、気乗りがしなければいつまでも手をつけないという気まぐれな性格であり、また取り引きが下手で赤字を重ねていた。次第に生活は悪化し、田地や家屋敷も無くなってしまった。
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== 主な参考文献 ==
 
== 主な参考文献 ==
 
* 『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c1131|出口家入り}}」、「{{obc|B195401c1134|労苦の連続}}」、「{{obc|B195401c1151|愛と苦しみ}}」
 
* 『[[大本七十年史]] 上巻』「{{obc|B195401c1131|出口家入り}}」、「{{obc|B195401c1134|労苦の連続}}」、「{{obc|B195401c1151|愛と苦しみ}}」
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== 関連項目 ==
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* [[出口家]]
  
 
== 脚注 ==
 
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2023年11月17日 (金) 14:49時点における最新版

出口政五郎(でぐち まさごろう)は、大本開祖・出口直の夫。旧名・四方豊助(しかた とよすけ)。職業は大工。

何鹿郡中筋村字岡(現・綾部市岡町[1])の四方治郎兵衛の五男として生まれる。生年月日不詳。

安政2年(1855年)2月3日(新3月20日)28歳の時、綾部出口ゆりの婿養子となり直と結婚。「政五郎」を襲名する。

政五郎は腕のいい大工で、結婚して1~2年はお金に困らず生活できた。しかし、酒好きで、芝居と冗談が大好きな、人の良い楽天家で放漫家だった。気が向けば仕事に熱中し、気乗りがしなければいつまでも手をつけないという気まぐれな性格であり、また取り引きが下手で赤字を重ねていた。次第に生活は悪化し、田地や家屋敷も無くなってしまった。

明治18年(1885年)、政五郎は仕事先で、高い庇(ひさし)から落ちて怪我をしてしまった。酒毒の影響もあり中風を併発し、約2年間にわたって臥床の身となってしまった。生活は直が饅頭売りや紙屑・ボロ買いなどをして支えた。

明治20年(1887年)3月1日(旧2月7日)帰幽する。享年60歳。

子供は直との間に11人生まれた(うち3人は夭折)。→「出口直#家族」を見よ

主な参考文献

  • 大本七十年史 上巻』「出口家入り#」、「労苦の連続#」、「愛と苦しみ#

関連項目

脚注

  1. 綾部高校の辺り