「人子」の版間の差分

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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キリスト教における「人の子(ひとのこ)」(聖書でイエス・キリストを指す言葉)<ref>ダニエル書7章13節「見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り」、マタイ福音書12章8節「人の子は安息日の主なのである」等。</ref>を意識した言葉ではないかと考えられるが詳細は不明。
 
キリスト教における「人の子(ひとのこ)」(聖書でイエス・キリストを指す言葉)<ref>ダニエル書7章13節「見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り」、マタイ福音書12章8節「人の子は安息日の主なのである」等。</ref>を意識した言葉ではないかと考えられるが詳細は不明。
  
霊界物語では次の人物に対して、「司」に対する枕詞のように使われている。何故わざわざ「人子」という言葉を付けているのかよく分からないが、「[[神司]](かむつかさ)」に対する「人子の司」だとも考えられる。
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霊界物語では次の人物に対して、「司」に対する枕詞のように使われている。何故わざわざ「人子」という言葉を付けているのかよく分からないが、「[[神司]](かむつかさ)」に対する「人子の司」だとも考えられる<ref>ただし秋山彦に対して「神司」と呼んでいる例も少しある。{{rm|16|11|宝庫の鍵}}:「秋山彦の神司に 申上ぐべき仔細あり」</ref>。
  
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【用例】
 
* [[秋山彦]]:「[[由良の港]]の'''人子の司''' 秋山彦の門前を」〔{{rm|16|4|夢か現か}}〕等。
 
* [[秋山彦]]:「[[由良の港]]の'''人子の司''' 秋山彦の門前を」〔{{rm|16|4|夢か現か}}〕等。
 
* [[東助]]:「[[洲本の里]]に名も高き、'''人子の司'''東助が留守の門前に佇み」〔{{rm|23|14|籠抜}}〕等。
 
* [[東助]]:「[[洲本の里]]に名も高き、'''人子の司'''東助が留守の門前に佇み」〔{{rm|23|14|籠抜}}〕等。

2019年9月2日 (月) 10:48時点における最新版

人子(ひとご)は、霊界物語で使われている用語。「人(人間)の子」という意味だと思われる。

キリスト教における「人の子(ひとのこ)」(聖書でイエス・キリストを指す言葉)[1]を意識した言葉ではないかと考えられるが詳細は不明。

霊界物語では次の人物に対して、「司」に対する枕詞のように使われている。何故わざわざ「人子」という言葉を付けているのかよく分からないが、「神司(かむつかさ)」に対する「人子の司」だとも考えられる[2]

【用例】

脚注

  1. ダニエル書7章13節「見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り」、マタイ福音書12章8節「人の子は安息日の主なのである」等。
  2. ただし秋山彦に対して「神司」と呼んでいる例も少しある。第16巻第11章宝庫の鍵#:「秋山彦の神司に 申上ぐべき仔細あり」

外部リンク