ミロク岩

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ミロク岩(みろくいわ)は、

  1. 霊界物語に登場する岩。神島にある。第22巻第19章山と海#に1回だけ出る。「沖に浮べる神島目標に漕ぎ出した。漸くにしてミロク岩の磯端に横付けになつた」
  2. 熊本県山鹿(やまが)市の不動岩(ふどうがん)のこと。

本項では山鹿市の不動岩について解説する。


概要

不動岩(ふどうがん、ふどういわ)は熊本県山鹿市蒲生(当時は鹿本郡三玉村大字蒲生)の山腹にある高さ約80メートルの奇岩である。霊界物語第2巻[1]が発行(大正11年1月)される時、王仁三郎は不動岩の写真を見て「これが美山彦命のロッキー山に立てられた石神像(せきしんぞう)だ。私が見たのとちっとも違わん」と言って、その写真が第2巻の口絵として載ることになった[2]。石神像とは、第2巻第3章美山彦命の出現#美山彦命(後に言霊別命と改名)がロッキー山に自らに似せて造った石像のことである。不動岩は「ミロク岩」と名づけられた[3]。不動岩の岩肌にはミロク様の顔(弥勒菩薩の尊像)が現れている。また付近には弥勒神像を祭った瑞霊苑がある。

弥勒出現と不動岩

不動岩から56間7合(約103メートル)離れた所に日露戦勝記念の祠を建立することになり、開墾に着手したところ、一個の経筒が発見された。明治39年(1906年)2月12日のことである。

その後、大正3年(1914年)8月、東京帝大の考古学者・柴田常恵(しばた じょうえ)[4]が来て経筒を調べたところ、久安元年(1145年)に弥勒出現成就経を納めて埋蔵した貴重な品だということが判った。柴田は、この付近から弥勒菩薩の尊像が必ず見つかるから捜索するようにと言って帰った。

蒲生に住む尾形太郎作は、それから8ヶ月間探したが見つからなかったため、大正4年4月4日から50日間の予定で、不動岩のすぐ前にある金刀比羅神社に参籠し、祈祷し続けた。すると45日目の5月18日に、ついに不動岩上において弥勒菩薩の尊像を発見した。

尾形は大正6年、『神霊界』を読み、五六七神出現の筆先を拝し、直ちに大本に入信した。尾形は後に大本瑞祥会鹿本支部長となる。[5]

関東大震災

大正12年(1923年)8月7日、王仁三郎は綾部を出発して熊本県の杖立温泉に向かった。8月30日まで滞在し、続いて熊本市内で2泊し、9月1日は山鹿町(現・山鹿市)に泊まり、翌9月2日は三玉村の観音堂と不動岩に参拝した。ちょうどそのとき、関東大震災(9月1日正午に発生)の新聞号外が届けられ、震災が起きたことを知った。[6]

9月1日の正午頃、王仁三郎一行は山鹿町に入り、町が経営する温泉の附属旅館「松風館」に到着したので、近隣の支部が集まり歓迎した。王仁三郎の話を聞くために集まったが、宇知麿に霊界物語第31巻第2章大地震#第3章救世神#ヒルの都で大地震が発生する章)を読めと命じて、自分は休んでしまった。夜、宇知麿はその箇所を拝読したが、翌日の号外で関東大震災が起きたことを知り、信者一同、王仁三郎の先見の明に感嘆した。木庭次守は、王仁三郎がこのとき休んだのは「霊的大活動のため」だと解している。[7] [8]

それまで各新聞は王仁三郎を「王仁」とか「王仁三郎」と呼びつけにし、茶化した記事を載せていたが、関東大震災が起きると筆調が変わり、「大本の予言適中」とか「この惨状に符合して宣伝を始めた」などと報道するようになり、呼び方も「王仁三郎氏」に変わった。[6]

【関連情報】 エトナ火山#エトナの爆発は関東大震災の予言

参考文献

  • 河津雄「西遊随行記〔四〕」『神の国』大正12年10月25日号
  • 加藤明子筑紫潟 二代教主・三代教主補九州巡教随行記# 第六信」『神の国』大正12年1月10日号

脚注

  1. 正しくは、初版は「第二巻」ではなく「第二篇」と呼ばれた。
  2. 加藤明子「筑紫潟 二代教主・三代教主補九州巡教随行記 第六信」p9
  3. 王仁三郎が「ミロク岩」と命名したのかどうかは不明。岩にミロク様の顔が現れているので、いつしか信者が「ミロク岩」と呼ぶようになっただけかも知れない。
  4. 加藤明子「筑紫潟 二代教主・三代教主補九州巡教随行記 第六信」には柴田常恵は東京帝大教授と書いてあるが、実際には教授ではなく「人類学教室助手」である。
  5. ここまで、加藤明子「筑紫潟 二代教主・三代教主補九州巡教随行記 第六信」による。
  6. 6.0 6.1 『大本七十年史 上巻』「新機運の動向#
  7. 『新月の光』0070「関東大震災と霊界物語」
  8. 河津雄「西遊随行記〔四〕」p39

関連項目

外部リンク